最高裁判所第三小法廷 平成4年(行ツ)145号 判決 1993年12月07日
アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタバーバラ・イーストモンテシトストリート六〇二番地
上告人
スローン・テクノロジー・コーポレーション
右代表者
トーマス・エヌ・ケルン
右訴訟代理人弁理士
石戸元
右訴訟復代理人弁護士
西林経博
東京都府中市四谷五丁目八番一号
被上告人
日電アネルバ株式会社
右代表者代表取締役
安田進
右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第一〇八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年一月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人石戸元、同西林経博の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)
(平成四年(行ツ)第一四五号 上告人 スローン・テクノロジー・コーポレーション)
上告代理人石戸元、同西林経博の上告理由
原判決は、憲法第二九条に違反し、上告人の財産権を不当に侵害するものである。従って、原判決は破棄されるべきである。また、原判決は、上告人の保有する本件特許が原審引用例から容易に想到できるもので、新規性がないと判示しているが、これは全く不当な判示で「判決ニ理由ヲ附セヌハ理由ニ齟齬アルトキ(民事訴訟法第三九条第六号)に該当すると云わざるをえず、原判決はこの意味においても破棄せられるべきである。その理由は次のとおりである。
真空スパタリング装置(引用例一)とイオンポンプ(引用例二)の使用目的及び構成が異なることを理由にその組み合わせの容易想到を否決した審決の判断を取り消している。
しかし、これは、カソードスパタリング装置の技術の発展とそのコロンブスの卵的な本発明の新規性、進歩性を全く無視した暴論である。
スパタ製造においては、その膜の付着速度を速くすることが大問題であった。原審提出の乙第六号証(雑誌イオニックス第九号中の「スパッタ膜作成」三頁)によると「スパッタ技術はここ2年の間に長足の進歩をしたと云える。これは、スパッタの最大の欠点とされた<1>速度が遅い(0.1μm/min位)、<2>温度が高い(数百℃)の二つが解決されたことである。これらは、それ迄にされていたスパッタの低温化に加えて、<1>ターゲットに大電力を投入し、且つ基板に電子が流入しないように電界と直交する磁場を用いた。」ことにより解決した。速度が遅いことが最大の欠点とされ、実用性がなかった装置がいよいよ実用化されたのである。他方、添付資料(乙第八号証一〇九頁以下)によると、成膜速度についておよそ次のとおりの説明がなされている。一九七〇年代は、その成膜速度は100Å/minに過ぎず、実用性がなかった。一九七〇年代の後半に至って、1μm/minの実用的な速度が達成でき、その文献の本発明に相応する図-6に示すように磁石をターゲットの表面に接して磁石を配置することにより、閉領域を形成して帯電粒子の密度を高めて、陰極面におけるスパタ物質の削り量を多くして、成膜速度を速めたものである。換言すれば、本発明により初めてスパタリング装置が実用化されたので、本発明は画期的なものである。陰極の裏側に磁石を配置することは、現在では容易に見えるが、技術発展期の当時では容易ではなく、画期的なことであった。
引用例二に示すイオンポンプは、真空にするだけのもので、仮令陰極の裏側に磁石が配置されていたとしても、そのイオンにより削り取った陰極物質で膜を形成すること及びその成膜速度などは全く意識されていない。
即ち、イオンポンプにおける陰極崩壊は、スパタ物質による気体分子の吸着のみを目的としたものである。
一方、本件特許のスパタリング装置は、メッキ膜の形成及びその成膜速度を問題とし、成膜速度を速くすることを目的としたものである。
陰極崩壊とういう物理現象が同じだかといって、容易想到というのは余りにも飛躍した議論である。
物体が飛翔するという物理現象は弓矢も鉄砲も同じであるが、だからといって弓矢から鉄砲が容易に思いつけるだろうか(詰将棋を解く場合でも実際に考えてみるとその難しさが分かるのであって、答えを先に見てはその問題の難しさはわからない。)。
イオンポンプにおける陰極崩壊がヒントとなって、本件のスパタリング装置を発明することはありうる。本件の場合それがヒントであったか否かは不明であるが、イオンポンプとスパタリング装置の大きな相違よりみて、少なくともそれは容易推考の事項ではなく、新規な発明とみるべきである。
論より証拠として、引用例二に示すイオンポンプは一九六五年一一月九日には特許され、公知であったにも拘らず、その陰極崩壊を効果的に起こす電極は前に記したように、一九七〇年代にはスパタリング装置では全く考慮されてなかった。被上告人の引用した甲第三号証に示す一九七一年二月に発表されたミュラリーのスパタリング装置(引用例一)についても同様のことが云える。本件特許においても、右記成膜速度を速くするために研究したのが結果的に引用例二に示すイオンポンプと似た電極になっていたに過ぎず、引用例二より容易推考されたのではない。
従って、イオンポンプの皮相的な陰極の類似性をもって、本件特許のスパタリング装置の陰極が容易想到とした原判決の判断は技術発展の実情を無視した誤ったものであり、当然取り消しされるべきものである。
以上
(添付資料省略)